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 しばらく「20世紀書店」が続きます。ほかの世紀にもお邪魔します。

 

209. 1992年の『ホテル・ロートレアモン』(2017年9月15日)

1992年の『ホテル・ロートレアモン』


以前、ジョセフ・コーネル(JOSEPH CORNELL,1903~1972)の作品をカヴァーに使った本をいくつか紹介しましたが(第111回)、その中でも紹介したアメリカの詩人ジョン・アッシュベリー(John Ashbery)が、9月3日に亡くなったそうです。90歳。

 1927年7月28日 - 2017年9月3日

改めて、コーネルのコラージュ作品が使われた『ホテル・ロートレアモン(HOTEL LAUTRÉAMONT)』(ALFRED A. KNOPF,1992)の書影を。

そういえば、「Hotel」ということばは、コーネルが箱の作品群のタイトルに含ませたことばでもありました。

 

ジョン・アッシュベリー作品の邦訳は、1993年に出た思潮社のアメリカ現代詩共同訳詩シリーズ(4)の『ジョン・アッシュベリー詩集』(大岡信・飯野友幸訳)ぐらいしか思い浮かびませんが、美術批評などの散文作品も邦訳されていてもいいのに、と思います。

大岡信・飯野友幸訳『ジョン・アッシュベリー詩集』

▲大岡信・飯野友幸訳『ジョン・アッシュベリー詩集』(思潮社、1993)

 

ジョン・アッシュベリーの詩が、効果的に使われていた小説がありました。

ジョナサン・キャロル 浅羽莢子訳『月の骨』

▲ジョナサン・キャロル 浅羽莢子訳『月の骨』(創元推理文庫、1989)のカヴァー。イラストは東恩納裕一。現行版は別のものになっているようです。

『月の骨』(Bones of the Moon)冒頭のエピグラフに、アッシュベリーの詩「北農場から」が引用されています。
1984年に発表された詩集『 A WAVE(波)』に収録された作品です。14行詩なので、形式的には「ソネット」ということになります。その冒頭の6行が『月の骨』のエピグラフとして使われています。

  どこかで、誰かがおまえを目ざしてひたすら旅している、
  信じ難い速さで、昼も夜も休まず、
  吹雪と砂漠の熱気を衝き、急流を横切り、狭い峠を越えて。
  だがはたして、おまえの見出される場所を知り、
  おまえを見てそれとわかり、
  おまえのために持ってきた物を渡してくれるだろうか?

これは、浅羽莢子の訳です。
ジョナサン・キャロル『月の骨』を読み終えた後、改めて、この詩句を読むと、小説以上にその小説の世界を結晶化していて、この詩句を引用したことがこの小説の取り柄ではないかと思ったほどです。うまい引用の仕方だなと感心しました。

大岡信・飯野友幸訳『ジョン・アッシュベリー詩集』では、「北の農場で」というタイトルです。同じ部分を引用してみます。

  どこかで誰かが君をめざして、たけり狂って進んでくる、
  信じられないほどの速度で、昼も夜もなく進んでくる、
  吹雪も炎熱の砂漠もものかは、早瀬を渡り、隘路を通って。
  けれども、彼に君の居場所がわかるだろうか、
  会っても君だとわかるだろうか、
  持ってきたものを渡せるだろうか。

オリジナルの「At North Farm」の同じ部分も引用してみます。

  Somewhere someone is traveling furiously toward you,
  At incredible speed, traveling day and night,
  Through blizzards and desert heat, across torrents, through narrow passes.
  But will he know where to find you,
  Recognize you when he sees you,
  Give you the thing he has for you?

こうして並べてみると、浅羽莢子訳では「he(彼)」を訳さないことで、『月の骨』の小説世界に合うように、不気味に抽象性を高めていることに気づきました。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

スピカの夜『Tokyo Days, Tokyo Nights』

この9月9日を最後に、島ゆいかと飯田來麗のデュオ、スピカの夜が、活動をいったん休止しました。
その唯一のCD『Tokyo Days, Tokyo Nights』(アミューズ、2017)から、「マイティボンジャック」を。
アルバムの作曲・作詞・編曲・プロデュースはヒゲドライバーがやっていてす。
ヒゲドライバーの世界に、スピカの夜の二人が迷い込んだアルバムと言った方が適切なのかもしれません。

昔のゲーム音楽で使われいた8ビット音源の音楽のような、「チップチューン」とよばれるタイプのサウンドにのせて、若々しい勢いと、そこはかとないさびしさと諦念とが同居していて、愛おしい音楽になっています。

『Tokyo Days, Tokyo Nights』は7曲収録で、約30分。
アルバムと呼ぶより、ミニアルバムというのがいいのかしらん。
かつて、Deaf School やSailorといったバンドのLPが、A面・B面合わせてちょうど30分で、当時も短いなとは思いましたが、アルバムとしての充足度は高くて、60分カセットテープのA面・B面にダビングしたものをよく聴いていました。
その感覚からすると、『Tokyo Days, Tokyo Nights』も、「アルバム」といったほうが適切な気もします。

でも、12曲ぐらい収録した、スピカの夜のフルアルバムを聴きたかったな。

アッシュベリーの世界からは遠いようにも思われますが、直に働きかけ自ら動こうとするのでなく、直に関わらず、どこか脇に立って見つめているような立ち姿に、連想を誘うような、どこか通ずるものがあったのかもしれません。

 

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208. 1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』(2017年8月29日)

1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』


いままで、秋朱之介(1903~1997)が装釘したものと気づかなかった本です。
秋朱之介と堀内敬三(1897~1983)の結びつきは、ちょっと想定外でした。 志茂太郎(1900~1980)のアオイ書房の本です。

秋朱之介『書物游記』(書肆ひやね、1988)巻末の荻生孝編「書目一覧」は秋朱之介が関わった本を知る上で、とても重宝する一覧で、わたしもお世話になっていますが、秋朱之介の仕事をすべて網羅しているものではなく、重要な仕事と思われるものが掲載されていなかったりします。
この堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』も掲載されていない秋朱之介装釘本のひとつです。

堀内敬三というと、浅田飴の三男坊、松竹大船の音楽部長、日大教授、NHKラジオ「音楽の泉」の司会など、いろいろな顔がありますが、音楽之友社の創業者でもあり、日本の洋楽移入のキーパーソンです。

齋藤昌三流の「ゲテ装」といってもいいのか、古い反古紙を貼り合わせた表紙で、1冊ごとに趣が違う装釘になっています。

 

堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』「装釘 秋朱之介」

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』では、「装釘 秋朱之介」と堂々と1ページとっています。

 

堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』表紙

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』表紙

 

 堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』凾背  堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』挟み込まれていた題簽

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』凾の背と、挟み込まれていた題簽

 

堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』扉

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』扉

 

堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』目次

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』目次
「序」は野村光一(1895~1988)
「跋」は徳川夢声(1894~1871)の「敬三デッサン」

 

堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』見開き

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』見開き
挿画も堀内敬三。

 

堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』奥付

▲堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』奥付

 

『アオイ書房消息』(昭和十年一月)01

『アオイ書房消息』(昭和十年一月)02

▲『アオイ書房消息』(昭和十年一月)が挟み込まれていました。
堀内敬三随筆珠玉集『ヂンタ以来(このかた)』の広告や、大田黒元雄(1893~1979)の推薦文、恩地孝四郎詩文集の広告や、恩地孝四郎(1891~1955)の「詩文集が出るについて」という文章が掲載されています。

署名原稿以外はアオイ書房の房主・志茂太郎が書いたものと推察されます。
『ヂンタ以来(このかた)』について、「秋朱之介會心の名装。」と書いたり、「著者の風格になぞらへて本文は薄玉上質に新鋳細肉五號活字と云ふカツキリしたエンヂニヤー好み、装釘は其れと對角的な異色ある總和紙装――兩者の對比に一つの効果を狙つた苦吟の作。新菊判凾入。著者自筆の挿画多數。限定壹千部各冊番號入り特製本、發賣元への直接注文に限り著者署名本の御希望に應ず。」と書いたりしていて、秋朱之介の書誌的にも貴重な情報が含まれています。
『ヂンタ以来(このかた)』は「定價 貳圓 送費十五銭。」だったようです。

アオイ書房について、
アオイ書房は、房主年來の書痴高じての餘業也。されば書を作りて米塩のたづきとせんとには非ず、収支もとより顧念のほかにして、ひたすらに良き書を作りて先づ自ら樂しみ、吾が樂しみを天下同好の士に頒たんとのみ。
と書いています。心意気や良し、です。

志茂太郎については、片塩二朗『活字に憑かれた男たち』(朗文堂、1999)に、「変体活字廃棄運動と志茂太郎」という一章があります。

アオイ書房は、恩地孝四郎編輯の書物研究誌『書窓』の版元で、『書窓』は1930年から1944年まで刊行されましたので、1930年前後に「良き書」をつくろうと立ち上げられた小出版社の中では、息の長い版元でした。

秋朱之介も、昭和十年の『書窓』第二巻第一号に堀口大學『季節と詩心』の書評を寄稿していました。『書物游記』に収録されています。
志茂太郎・恩地孝四郎らと秋朱之介は、ほかに接点があったりしたのでしょうか?

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

1983年『From Gardens Where We Feel Secure』

「ヂンタ」ということで、篠田昌已の『東京チンドンVol.1』(1992年)から選ぼうとも思いましたが、最近、思いがけないところで、ヴァージニア・アストレイ(Virginia Astley)の名前を見て、懐かしかったので、
1983年の『From Gardens Where We Feel Secure』を聴き返しました。変わらず気持ちの良い音楽です。

「From Gardens Where We Feel Secure(心から落ち着ける庭から)」という句は、英国の詩人オーデン(W. H. Auden, 1907~1973)が1930年代に書いた詩「A Summer Night(夏の夜)」の一節だと思います。
美しいのですが、1930年代社会の恐ろしい面から目を背けて、自分だけの美しい庭に引きこもってしまうような心をも象徴する詩句でもあります。

写真は、2003年の再発盤CD。新しいジャケット写真は、ヴァージニア・アストレイの撮影です。
春先のブルーベルの群生でしょうか。

 

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207. 2016年の『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』 ILLUSTRATED by PETER BLEGVAD(2017年8月17日)

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』

2月のスラップハッピー日本公演の物販で見落としたのか、販売されていなかったのか、そのときには入手することができなかったのですが、昨年暮れから今年3月のスラップハッピーのライヴ活動再開のために準備されていた小冊子をようやく手にすることができました。
文庫本サイズ、90ページほどのかわいらしい本ですが、この手のものがいちばんうれしいです。

バーコードのない本で、400部の少部数の刊行。制作は、コリン・サケット(Colin Sackett)です。

スラップハッピーの歌詞から25の詩句を選んで、それをもとにピーター・ブレグヴァドが誇大解釈的なイラストを描いたもの(1972年に描いたもの1点、2012年に描いたものが20点、2016年に描いたもの4点)と、 スラップ・ハッピーのアルバム『SORT OF』(1972年)と『ACNALBASAC NOOM』(1973年制作・1980年リリース。1974年の『Slapp Happy』収録の「Haiku」も含む)の全詩で構成されています。

 

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』サイズ

▲ポストカードより少し大きい、15×10.5(cm)のサイズ

 

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』の扉

▲『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』の扉
版元は、「An AMATEUR Production」となっています。
ピーター・ブレグヴァドは1970年代から「アマチュア(AMATEUR)」名義でも、作品を発表し続けています。その活動は断片的に知るのみで、その全貌は明らかではありません。それらの作品群がまとめられることがあったら、迷うことなく食いつくのですが。

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』では、本文は手書きのように見えますが、ブレグヴァドの手書き文字を元にして、デジタルフォントを作成し、その書体で組んでいます。書体名も「amateur」となっています。ブレグヴァドならではの書体名です。

約物を含めて、100前後で書体セットが組めるところが、アルファベット圏の人はうらやましい限り。
日本語だと、一つの書体セットをつくるためには、何万もの文字をデザインしないといけませんが、まず、仮名だけでも手書き化する方法もあるのかもしれません。

画文一致スタイルの作品の場合、手書きの文字の存在は重要で、本文も絵もすべて手がきの、たとえば、ピーター・ブレグヴァドやロズ・チャスト(Roz Chast)の作品がなかなか翻訳されないのも、手書き文字の問題があるからなのかもしれません。
彼女/彼の手書き文字を活字化すると、「作品」が違うものになるという印象は否めません。
そういう点で、福音館書店の「タンタンの冒険旅行シリーズ」での大川おさ武・峰村勝子のような書き文字制作陣を準備しないかぎり、ピーター・ブレグヴァドやロズ・チャスト作品の翻訳は難しいのかなと思います。

 

slapp happy ポスター

▲Slapp Happyの3人のサイン入りポスター
しかし、好きなミュージシャンのライヴ会場での物販は、楽しいものです。

 

Slapp Happy トートバッグ01

Slapp Happy トートバッグ02

▲Slapp Happy トートバッグ

 

Slapp Happy 缶バッジ

▲Slapp Happy 缶バッジ

まごうことなき物欲の徒ですが、Tシャツは買うのを、ひかえました。「物欲」は恥ずかしい、という気持ちも残っているようです。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

2016年11月のスラップハッピー活動再開は、新譜のリリースをともなったものではなく、ライヴで演奏された曲もおなじみの曲ばかりでしたが、これは一種のお祭りですから、お祭りに合わせて、スラップ・ハッピーのアルバム『SORT OF』(1972年)と『ACNALBASAC NOOM』(1973年制作・1980年リリース)のアナログ盤も再発されました。
ドイツのTapete RecordsとSlowboy Recordsから2種類のアナログ盤が出ていて、盤自体のプレスは同じですが、パッケージを変えています。Tapete Records盤は500枚、Slowboy Records盤は75枚プレスされたようです。

『ACNALBASAC NOOM』

『ACNALBASAC NOOM』は、ほんと、長いつきあいのアルバムです。
1973年、ドイツのFAUSTの面々をバックに録音制作されたものの、その音源はお蔵入りになって、1974年に再録音したものがVirginレーベルから『SLAPP HAPPY』としてリリースされたのですが、その1973年録音を1980年にRecommended Recordsがリリースしたものが 『ACNALBASAC NOOM』、A面1曲目の「Casablanca Moon」を逆から読んだ言葉遊びのタイトルです。

今度のSlowboy Recordsのアナログ盤再発では、型抜きジャケットになっていたり、メンバーのサイン、ブレグヴァドの刷り物などが付いていて、パッケージもの好きには、うれしい仕上がりになっています。

 

Slowboy Records版『ACNALBASAC NOOM』01

Slowboy Records版『ACNALBASAC NOOM』02

▲Slowboy Records版『ACNALBASAC NOOM』型抜きジャケット

Slowboy Records版『ACNALBASAC NOOM』のサイン01

Slowboy Records版『ACNALBASAC NOOM』のサイン02

▲Slowboy Records版『ACNALBASAC NOOM』のサイン
アンソニー・ムーア、ダグマー・クラウゼ、ピータ・ブレグヴァドのサインと、ドイツ・イギリス公演でリズム隊だったFAUSTのメンバー、Jean-Hervé Peron と「Zappi」こと Werner Diermaierのサイン。

ブレグヴァドのイラスト17

▲ブレグヴァドのイラスト。Slowboy Recordsのアナログ再発盤には、2枚ずつ、ブレグヴァドのサイン入りイラストがついていました。
イラストは『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』に収録された25作品から選ばれていました。
詩の手書き文字は、新たに書き起こしたもので、『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』のデジタル手書きフォントとは違えています。

ブレグヴァドは 『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』のはしがきで、エズラ・パウンドの用語「phanopoiea」――「a casting of images upon the visual imagination(視覚的想像からイメージを形づくること― 読者の心に目に見えるようにすること)」――や、修辞学用語の「ekphrasis」――美術作品に描かれた事物を微に入り細にわたって活写すること――を使って、詩のことばをイラストにすることを説明しようとしています。
そして、作者の図像化が唯一の描写でなく、読者の数だけ、描写があるのだと、視覚的な想像力に基づいて言葉や音楽からイメージされたものを具体的に描写する試みを推奨しています。

一方で、生真面目に描写することで、生まれてしまう齟齬・笑い・怖さをねらっているようでもあります。
その技法が見返りの多いものなのか、ただの徒労に終わるものなのか、意見の分かれるところですが、ブレグヴァド流の「A=B」にしようとして「A≒B」「A≠B」になってしまう世界に入るための準備運動のようなイラストです。

 

Slowboy Records版『Sort Of』01

Slowboy Records版『Sort Of』02

▲Slowboy Records版『Sort Of』のジャケットも、ジャケットの素材や箔に工夫をこらしています。これも楽しい再発盤でした。

一方、Tapete Recordsの再発アナログ盤は、サインやアートプリントなどはついていませんが、CDが付録になっていました。
Tapete Records直販だと、最初の100枚にアルバムジャケットの20センチ角のプリント(100/100方式のナンバリング入り)がおまけでついていました。

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206. 1931年の佐藤春夫『魔女』(2017年7月25日)

1931年の佐藤春夫『魔女』

本屋さんの棚の前をぶらぶら見ていたら、川村伸秀『斎藤昌三 書痴の肖像』(2017年6月、晶文社)という新刊書がありました。読みたい類の本です。値段をみると、税込みで5940円です。ちょっと考えます。
索引があって、そこに秋朱之介や西谷操の名前があったら、買うのもやむを得ないかなと思って見てみると、残念ながら、秋朱之介や西谷操の名前はありません。今回は保留です。
索引から、佐藤春夫について書かれたページをのぞいてみると、斎藤昌三と佐藤春夫の、永井荷風の本をめぐる諍いについて、書かれています。面白そうです。しかし、今回は保留と、棚から離れました。 こういう本をぽんぽんと躊躇せずに買えるようになりたいものです。

横浜の五十沢二郎のやぽんな書房に居候していた秋朱之介が、居候のまま、個人出版所「以士帖印社(エステルいんしゃ)」を立ち上げ、昭和6年(1931)に上梓した佐藤春夫『詩集 魔女』には、斎藤昌三をはじめ、川上澄生、神代種亮といった人たちが関わっています。

川村伸秀『斎藤昌三 書痴の肖像』にそのことが言及されていないかと期待したのですが、そこには踏み込んでいないようです。もちろん、まだ立ち読み程度なので、ちゃんと読んだら、斎藤昌三と以士帖印社との関わりが書かれているのかもしれません。

写真の佐藤春夫『詩集 魔女』の外箱は、これとは別に、川上澄生が装幀したものがあります。箱付きなら、そちらのほうが、断然いいです。

佐藤春夫著『詩集 魔女』表紙紅玉

▲以士帖印社の讀書家版『詩集 魔女』は、表紙に紅いガラス玉が埋め込まれているのが特徴なのですが、手元にあるのは、ガラス玉がとれていたので安かった本です。
試しに5ミリ径のガーネットをはめ込んでみたら、うまく収まったので、仮に入れています。
そのときに、気づいたのですが、ガラス玉をはめ込む穴の部分に金箔の跡がありました。秋朱之介は、紅いガラス玉で、文字通り「金赤」の効果をねらっていたのかもしれません。

昭和7年(1932)9月10日發行の庄司淺水編輯兼發行の書物誌『書物趣味』(ブックドム社)に 、秋朱之介の「特殊出版に關するノート」という寄稿があります。
私の過去の作品として葬つて了ひ度い二つの作品」として池田圭著『詩集 技巧』と佐藤春夫著『詩集 魔女』をあげて、語っています。

佐藤春夫著『詩集 魔女』について、次のように書いています。

一、詩集魔女 佐藤春夫著
讀書家版、本文用紙りうさん紙、
この紙を使つたのは失敗だった。紙がすき通つて見える、インクがかわかない、いやな匂がする、之で一つの參考になつた事は全然水分を吸引しないこの紙に天に銀をつけることに成功したことだつた。普通のやり方ではこの紙には天に銀がつかない。それから表紙に赤い石を入れたこと、この石がまたあらびやのりや、にかはではつかない。之は三菱ののりで菱光グリユーといふのを使った。
局紙版は脊に蛇皮を使った。之は金屬表紙(表紙を銅、しんちゆう、といつた金屬の板に模様を加工する)にする筈だつたが都合で中止した。

また、 「それから前に本に石をつける事について書いたが、どんないいのりを使用するにしても直接皮又は布装の本にのりで石をつけてはならないと思つてゐる。石はやはり熟練した寶石屋に金屬の臺で石をつゝませるやうにして作らすべきだ」とも書いていて、紅ガラス玉のはめ込みには苦労したようです。1000部の讀書家版に、一つ一つはめ込むのも、たぶん秋が一人でやったのではないかと思います。

本文用紙に使われた硫酸紙は、今で言うクッキングシートやトレーシングペーパーのような紙です。インクがのりにくい紙です。秋も硫酸紙を使ったことは失敗と感じていたようです。ただ、ほかにない本をつくろうという意気込みは強く感じられます。

 

佐藤春夫著『詩集 魔女』扉

▲佐藤春夫著『詩集 魔女』扉
挿画は川上澄生。

 

佐藤春夫著『詩集 魔女』見開き

▲佐藤春夫著『詩集 魔女』の見開き
川上澄生の挿画。

 

佐藤春夫著『詩集 魔女』から

▲佐藤春夫著『詩集 魔女』から
秋朱之介の文章では、「こぞの雪いまいづこ」がよく使われます。
秋にとって、もっとも「詩」を喚起することばだったのかもしれません。


佐藤春夫著『詩集 魔女』装幀挿画

▲装幀 秌朱之介(『詩集 魔女』では「秌朱之介」と「秋朱之介」の表記が共存しています)
 挿畫 川上澄生
『詩集 魔女』の後、秋朱之介は、川上澄生と本を作っていません。
創作上か金銭上か分かりませんが、何かしらの行き違いがあったのかもしれせません。

 

佐藤春夫著『詩集 魔女』讀書家版初版限定壹千部嚴守證

▲佐藤春夫著『詩集 魔女』讀書家版初版限定壹千部嚴守證
佐藤春夫・齋藤昌三・秋朱之介・神代種亮の名前が並んでいます。
挿画は川上澄生です。

 

讀書家版初版限定壹千部嚴守證奥付

▲佐藤春夫著『詩集 魔女』奥付
戦前の地図で、横浜に「本牧宮原八九九」が存在することは確認できましたが、それが現在の本牧宮原のどこにあたるかは分かりません。

 

『改造』1931年7月号表紙

▲『改造』1931年7月号表紙
佐藤春夫『詩集 魔女』は以士帖印社から刊行される前、改造社の総合誌『改造』1931年7月号に掲載されています。

 

『改造』1931年7月号目次

▲『改造』1931年7月号目次

 

『改造』1931年7月号奥付

▲『改造』1931年7月号奥付
編輯發行兼印刷人は山本三生。改造社の経営者、山本実彦の弟です。
どういう経緯で「詩集 魔女」が『改造』誌に一挙掲載になったのか、その経緯は分かりませんが、山本兄弟も秋朱之助も、鹿児島の川内出身ですので、縁を感じます。

 

『詩集 魔女』の出版の経緯については、佐藤春夫の書簡という貴重な資料が残されています。
『底本 佐藤春夫全集』第36巻(2001年6月、臨川書店)に、昭和6年の『魔女』出版に関わる、佐藤春夫の秋朱之介宛て書簡が収録されています。
 昭和6年2月11日 秋朱之介宛
 ■昭和6年2月26日 秋朱之介宛
 昭和6年3月1日 秋朱之介宛
 昭和6年3月5日 秋朱之介宛
 昭和6年4月13日 秋朱之介宛
 昭和6年4月17日 秋朱之介宛
 昭和6年9月30日 秋朱之介宛
 昭和6年10月27日 秋朱之介宛
横浜の佐藤春夫研究家・牛山百合子が所蔵していたもので、これに対応する秋朱之介の書簡が存在するのであれば、読んでみたいものです。

今まで、秋朱之介の書簡を読んだことはないのですが、秋朱之介は、すばらしい手紙の書き手だったのではないかという、そして、秋朱之介の出版の仕事は、その「手紙」の力が大きな推進力のひとつだったのではないかという、確信のようなものがあります。


〉〉〉今日の音楽〈〈〈

ものんくる『世界はここにしかないって上手に言って』

ものんくる『世界はここにしかないって上手に言って』(Taboo、2017年)から

「ここにしかないって言って」

を。今年の夏はこのアルバムで決まりでしょう。
ヒットするものとは無縁のたちですが、ものんくるのようなグループには、 この夏あちこちで聴いたとか、2017年の夏は、この曲で思い出されるという、そういった「はやり歌」になってほしいと願わずにいられません。

 

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205. 1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ(2017年6月27日)

1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ

使っていたパソコンがビープ音を鳴らして起動しなかったり、作業中に突然ブルースクリーンになったりして、挙動不審になっていたので、パソコンを入れ替えてWindows10へ切り替えました。
使っている機材やソフトはXPや7のものですが、Windows10の環境でも問題なく動いていて、前のパソコンでできていたことは全部できているので、とりあえずひと安心です。

 ***

ミュージシャンのクリス・カトラー(Chris Cutler)が編集していた音楽誌『Rē Records Quarterly』の予約購読者には、 毎号「おまけ」があったようです。
中古で『Vol. 1 No. 1』の予約購読者版を入手することができました。上の図版がその「おまけ」です。

『Vol. 1 No. 1』の「おまけ」は、John Greaves, Peter Blegvad, Lisa Hermanのアルバム『KEW. RHONE.』(1977年、Virgin)のA面6曲目に収録されていた「Catalogue of Fifteen Objects & Their Titles」〔「15のオブジェの目録と、そのタイトル」〕の図解です。絵やテキストは、ピーター・ブレグヴァドの手になるものです。

「Catalogue of Fifteen Objects & Their Titles」、作詞はピーター・ブレグヴァド(Peter Blegvad)、作曲はジョン・グリーブス(John Greaves)です。

この図版は、2014年に刊行された『KEW. RHONE.』(Uniformbooks)本にも収録されていますが、2014年版では、テキストが手書き文字でなく活字化されているので、この1985年「おまけ」版のほうが好ましいです。

 

図版があると、視覚的想像力は限定されてしまいますが、この「おまけ」の図版で、ブレグヴァド本人の考え方を知ることはできます。
「15のオブジェの目録」の詩は、この図版オブジェを観察して文章化した「15のオブジェの目録」で始まります。

「Catalogue of Fifteen Objects & Their Titles」(「15のオブジェの目録と、そのタイトル」)の詩は、レイモン・ルーセル流というかルイス・キャロル流というか、言葉遊び要素も自在に含んで、訳を試みるにも繊細で大胆な言語感覚が必要と思われますが、これがちゃんと曲になっているところが楽しいです。
以下の〔 〕内の試訳は、あくまで参考までにということで、不手際はご容赦ください。

Catalogue of Fifteen Objects〔15のオブジェの目録〕

1. Cylinder of dust〔ちりあくたのシリンダー〕
2. Salt cross with a crust of iodine〔ヨードチンキのかさぶたのまじった塩の十字〕
3. Plank of pine〔松の板〕
4. Loaf of rust〔錆の塊〕
5. Hollow cone of tobacco which contains a tin coin〔ブリキの貨幣を含むタバコの円錐〕
6. Pillar of yeast in linoleum jacket〔リノニウムで包んだイーストの柱〕
7. Circular puddle of yogurt and neon〔丸い水たまり状のヨーグルトとネオン〕
8. Arrow of ice wrapped in surgical gauze〔外科用ガーゼで包んだ氷の矢〕
9. Coin stacks, several columns - voltaic piles of gold plated bamboo〔積み上げた貨幣、いくつかの列 - 金メッキされた竹のボルタ電堆〕
10. Water in a bakelite box, and a box full of oil〔ベークライト樹脂の箱に入った水と、油でいっぱいの箱〕
11. A yolk of leather in a tobacco egg〔タバコでつくった卵のなかの皮革の卵黄〕
12. Citronella spilled in a spiral upon a blanket of fat〔脂肪の毛布に上に螺旋状にまかれたシトロネラ草〕
13. Mixture of paregoric and dew in a creosote cone〔タールのコーンのなかの鎮痛剤と露の混合〕
14. A disc of wicker beside a pill of zinc〔亜鉛の丸薬のかたわらに小枝で編んだ円盤〕
15. Figure made of two copper pyramids glued base to base with sap〔底部同士を接着した2つの銅製のピラミッドでできた形〕

... and Their Titles〔そしてそのタイトル〕

1. “Silo” 〔サイロ〕
2. “Referee”〔審判〕
3. “Threshold” (meant to be flat on the floor, part of a door none can see)〔閾(床の上に平らであるように意図され、ドアの一部は誰も見ることができない)〕
4. “Altar from a Metal Cathedral”〔メタル大聖堂の祭壇〕
5. “Dunce's Trumpet” (for V.)”〔のろまのトランペット(Vに)〕
6. “Dry Cell”〔乾電池〕
7. “Lunatic Mirror”〔月酔いした鏡〕
8. “Signal From a Memory”〔記憶からの合図〕
9. “Ladder of Kings”〔王たちのはしご〕
10. “Ransom to Secure the Release of a Mother and Child”〔母と子の解放の担保となる身代金〕
11. “October Seventh”〔10月7日〕
12. “My Uncle's Monocle”〔ぼくのおじさんのモノクル〕
13. “Fuel for a Tiny Machine”〔ちっちゃい機械のための燃料〕
14. “Two Equivalent Forms”〔2つの同等の泡のようなフォルム〕
15. Quote from Swedenborg to the effect that angels fucking shed light〔まぐわう天使たちは光を放つといった内容のスヴェーデンボルグの言葉〕

ピーター・ブレグヴァドの図解は、「タイトル」とは何か、「もの」とは何か、思考の旅へいざなう道案内になるのかもしれません。
ときには、ラブソングではない、こういう「ポップ・ソング」も聴きたくなります。

ピーター・ブレグヴァドは、『KEW. RHONE.』本で、この詩に関連して、「もの」と向き合うときの3つの方法について書いていました。

1. Consideration - the object Observed (Nomen)
〔考察 - 観察された「もの」(ノーメン=名前・呼称〕

2. Association - a magnet for Memory (things it resembles, or ‘rhymes' with) (Omen)
〔結合 - 記憶のための磁石(似ているもの、または「韻を踏む」もの)(オーメン=前兆・予言) 〕

3. Fascination - the object Imagined (Numen)
〔魅力 - 想像された「もの」(ヌーメン=精霊・守護神)〕

ちょっと神秘主義的な発想をしていますが、ピーター・ブレグヴァドには、この考えをさらに敷衍した「Imagined, Observed, Remembered」(想像されたもの、観察されたもの、思い出されたもの)というイラスト作品群があります。ひとつの「もの」を「想像されたもの」、「観察されたもの」、「思い出されたもの」の3通りで表現して、その不一致から生まれる笑いやアイデアを味わう、ちょっとした「頭の体操」みたいなシリーズになっています。
2008年に『IMAGINE, OBSERVE, REMEMBER』(Warwick University)というタイトルで、80ページほどの小冊子も出しています。

その『Imagined, Observed, Remembered』ですが、Uniformbooksが今年の暮れに出すと刊行予告をしていました。
これまでの集大成になるのか、新たな版が楽しみです。

 

1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのクリス・カトラーからのあいさつ

▲1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのクリス・カトラーからのあいさつ。前の所有者のお名前はモザイク化しました。
「the Historical Volume I No.I」と意気込んでいます。

『Rē Records Quarterly』の予約購読者向け「おまけ」の全貌が知りたいものです。ブレグヴァドの刷り物のようなものが続いていたのであれば、見ておきたいものです。全部そろえている方、どなたか公開してくださらないものでしょうか。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

ニュースで、蓮実重臣さんが亡くなったことを知りました。1967-2017。

棚から、CDを引っ張り出して聴いています。

蓮実重臣『ささめきおと』(ブラインドドッグ、2009年)

▲まずは、蓮実重臣名義の作品『ささめきおと』(フライングドッグ、2009年)。テレビ東京系アニメーション『ささめきこと』のサントラです。
恥ずかしながらアニメは未見なのですが、このアルバムは、ほんとうにすてきで、思い出したように聴いていました。こういう音楽をもっともっと世に送り出していくのだと思っていました。

 

1995年PACIFIC 231『HAVE A NICE TRIP!』

▲さかのぼって、1995年のPACIFIC 231のシングル盤『HAVE A NICE TRIP!』(Transonic Records)
Pacific 231 の1996年のシングル『Tropical Songs』(Zero Gravity)は持っていないのですが、1997年のアルバム『Tropical Songs Gold』(Transonic Records)は、探せば出てくるはず。どこに迷い込んだのでしょぅ。

 

Pacific231 1997年のアルバム『Tropical Songs Gold』

▲Pacific231のアルバム『Tropical Songs Gold』(Transonic Records、1997年)
やっと出てきました。きちんと整理していないので、捜し物が年々むずかしくなってきています。
アルバム1曲目の「TRAVELING 231」を久しぶりに聴きました。緩やかにはじまり、少し不穏な気配もある、旅する音楽。
旅する音楽といえば、Slapp HappyやPeter Blegvadが歌う「Let's Travel Light」という歌があります。
身軽で穏やかな旅路であることを祈らずにはいられません。
見送るわたしたちは「よい旅を」とつぶやくばかりです。
[2017年7月9日追記]

 

Pacific 231 の『Miyashiro』

▲ Pacific 231 の『MIYASHIRO』(Daisyworld Discs、1998年)
ここでは、Glenn Miyashiro(1899-1967)を演じていますが、ことしはGlenn Miyashiro没後50年の年でもありました。

 

Pacific 231 『アカルイミライ(Bright Future)』

▲Pacific 231 『アカルイミライ(Bright Future)』サントラ盤(Uplink Records、2003年)

 

『Penguin Cafe Orchestra - Tribute』

▲『Penguin Cafe Orchestra - Tribute』(Commons、2007年)から
蓮実重臣「Penguin Cafe Single」

 

『細野晴臣ストレンジ・ソング・ブック』

▲細野晴臣へのトリビュートアルバム『細野晴臣ストレンジ・ソング・ブック』(Commmons、2008年)のDisk2から
坂本美雨+蓮実重臣「銀色のハーモニカ」

 

岡村みどり『ブルースでなく』

▲岡村みどり『ブルースでなく』(OUT ONE DISC、2010年)から
岡村みどり+蓮実重臣「ハスミントルゲ」。
この二人の組み合わせだと、映画『私は猫ストーカー』(2009年)の主題歌「猫ストーカーのうた」もありました。CDやレコードはなくて、配信だけのようです。

 

『21世紀の京浜兄弟者 - History of K-HIN Bros. Co. 1982~1994』

▲あるいは、このまま京浜兄弟社のボックス『21世紀の京浜兄弟者 - History of K-HIN Bros. Co. 1982-1994』(SUPER FUJI DISCS、2015年)になだれこんで、帰れなくなるか。

 

タンタンの冒険旅行17『オトカル王の杖』

▲福音館書店版、エルジェ作・川口恵子訳、タンタンの冒険旅行17『オトカル王の杖』(1999年)の付録『TiNTiN TiMES(タンタン タイムズ)』第14号で取り上げられていて、晴れがましい感じだったのもよかったです。
その記事「タンタンのかげの仕掛け人ヴァン=メルクベーク氏って何者だ?」で、母方の祖父ジャック・ヴァン=メルクベーク(Jacques van Melkebeke)を語る蓮実重臣から、蓮實重彦『反日本語論』のなかで1940年初版の『タンタン』を読んでもらっていた少年が思い出されました。

 

蓮實重彦『反日本語論』

▲蓮實重彦『反日本語論』(筑摩書房、1977年)の少年は、旅立ちました。

その音楽が記憶され、人の心に寄り添い続けることを祈ります。

 

改めて、蓮実重臣『ささめきおと』から、「一日が終わりました」を。

 

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204. 1985~1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1』(2017年5月28日)

Rē Records Quarterly Vol. 1 No.1 back

ミュージシャンのクリス・カトラー(Chris Cutler - ドラムス奏者としては、その演奏を見た人が、いったい幾つ手があるんだ、まるでタコのようだ、とつぶやいてしまうような技巧の持ち主です。確かタコ状のクリス・カトラーを描いたイラストを見た記憶があります。)が主宰する音楽レーベル Rē Records(「会社」組織ではありません。正確には、自分関連の作品をリリースする Rē レーベルと自分以外の作品をリリースするRecommendedレーベルがあって、のちに2つを合体してReRレーベルになるので、ややこしいです。総称して「レコメン系」と呼ばれたりします)が出していた「Record Magazine」です。雑誌のほうの版元名は「November Books」となっています。

写真は『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』の裏ジャケです。「Quarterly」というと、年4回の季刊ですが、「Rē Records Quarterly Vol. 1」は1985年5月の第1号から1986年5月の4号まで、4号刊行されました。
その後も不定期刊行になりますが、1997年まで続きました。
Rē Records および Recommended Recordsは、現在は「ReR Megacorp」の名前で活動を続けています。

雑誌付きLPレコードというか、LPレコード付き雑誌で、LP1枚とA4サイズの雑誌(40~60ページぐらいで、誌名を変えた最後2冊は100ページを超えます)で、アルバムジャケットをシルクスクリーンで印刷していたのが特徴でした。通常の印刷とは発色や質感が違うので目立ちました。「シルクスクリーン印刷の性格上2000部ぐらいが限度だったと思います。
予約を集めてつくるというかたちは、秋朱之介の本づくりとも近いのかもしれません。

ミュージシャン直販のような形を目指していて、「Vol.1 No.1(第1巻第1号)」は2000部制作され、うち100部がプロモーション配布用、500部が通販の予約購読者向け、1400部が通常の販売ということだったようです。
予約購読者には、チラシや小冊子、カセットのおまけがついていたようです。おまけの全体像を知りたいところです。

全体に「アマチュア」が作った雑誌という印象があって、シルクスクリーンも学生がつくった学園祭の刷り物のようなDIYな感じが強くあります。そこが雑誌の基本姿勢だったのだと思います。

最初の1号と2号は当時購入していましたが、ほとんどを中古盤で入手。ピーター・ブレグヴァド(Peter Blegvad)がよく寄稿していて、それを読みたいというのが、改めて集めはじめた理由でした。

 

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』ジャケット表

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』(雑誌の表紙に1985年5月1日の日付)表ジャケット
表ジャケットのアートワークは「X(our nativity)」。誰でしょう。
シルクスクリーン印刷は、1号から4号まで表裏ともに、Third Step Printworks。
レコメンデッド・レーベルのご近所にあった印刷工房で、輸送費はかからなかったようです。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』ジャケット裏

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』裏ジャケット
裏ジャケットのアートワークは、1号から4号まで、Graham Keatley。初期のレコメン系の印刷物でよく見た名前です。
「This is the Historical Volume I No. I」と書き込まれています。意気込みを感じます。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』LPレコード・レーベルA面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』LPレコード・レーベルB面

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』LPレコード・レーベル面
レーベル面のアートワークは、1号から4号までクリス・カトラー。
レコードのカッティングやプレス作業は、「Statune(またはStatetune)」というところで、やっています。レコメン系のレコード以外では見かけないプレス工場です。クリス・カトラーの希望は「Nimbus」でプレスすることだったようですが、予算の都合で、 「Statune(Statetune)」が選ばれたようです。とはいえ、LPを聴くかぎり、いいプレス工場だと思います。

次号の『Vol.1 No.2』に、『Re Records Quarterly Vol.1 No.1』の制作費明細が掲載されていました。

(1) レコード: 2000枚を制作。「カッティング、プロセシング、プレス、ラベル」作業をSTATETUNEに依頼。£1428。1枚当たり71.5p。
NIMBUSからの見積もりは£1835で、この『Rē Records Quarterly』プロジェクトでは予算オーバーと判断したようです。
さらに、A面をCBSでリカットしたので、£69追加で。
1枚当たり74pに。

(2) カバー:  『Re Records Quarter』のアルバムジャケットの特徴のひとつがシルクスクリーン印刷。
紙代・インク代もろもろで£1040。
1枚当たり52p。
ここはゆずれなかったようです。

(3) 雑誌:  (1)レコード代・(2)カバー代と合わせて、£4334。
雑誌1冊当たり83p。
制作実費が1セットあたり£2.165。

(4) 稿料・スタジオ代などの支払いが、£1410で、1セット当たり70.5p。
制作実費と合わせて、1セットあたり£2.82。

(5) 100セットはメディアなどに試聴用として配布するので、実際に販売するのは1900セット。
これで、1セットあたりの単価£2.95。
制作部門は、配給部門に£3.25で卸す。

こういうふうに、隠さないのも、レコメン系の「姿勢」でした。
1セットの販売価格はいちおう£6.5。
1985年は、£1=300円ぐらいでした。

 

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』雑誌表紙

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』雑誌表紙
1号から4号まで、雑誌の表紙イラストは、Jane Colling。
雑誌1号の印刷は、Image Print Resources。これもレーベルのご近所にあった印刷工房のようです。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』雑誌目次

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』雑誌目次
Peter Blegvadは、1977年のJohn Greavesとの共作『Kew.Rhone.』(Virgin)についてのテキストを寄稿。
予約購読者へのおまけも『Kew.Rhone.』がらみの刷り物「Catalogue of Fifteen Objects & Their Titles」でした。
そのテキストと絵自体は、2014年にUniformbooksから出た『Kew. Rhone.』本に収録されたので、手軽に見ることができるようになりました。

 

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』ジャケット表

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』(雑誌の表紙に1985年9月1日の日付)表ジャケット
日本のレコードのように帯がついていたと思います。
アートワークは「X (43)」。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』LPレコード・レーベルA面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』LPレコード・レーベルB面

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』LPレコード・レーベル面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』雑誌表紙

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』雑誌表紙
『Vol.1 No.2』ですが、表紙には『Vol.2 No.2』と書かれています。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』雑誌目次

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 2』雑誌目次
Peter Blegvadは「On Numinous Objects and Their Manufacture」というイラスト入りテキストを寄稿。

 

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』ジャケット表

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』(雑誌の表紙に1986年1月1日の日付)表ジャケット
日本のレコードのように「obi」付きです。
アートワークはX (43)。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』ジャケット裏

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』裏ジャケット

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』LPレコード・レーベルA面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』LPレコード・レーベルB面

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』LPレコード・レーベル面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』雑誌表紙

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』雑誌表紙

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』雑誌目次

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』雑誌目次
Peter Blegvadは、「Shakespeare Traces」というテキスト・イラストを寄稿。
ブレグヴァドのソロアルバム『Naked Shakespeare』(1983年、Virgin)のタイトル曲のために作られたスライド映像のような図像群。

 

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』ジャケット表

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』(雑誌の表紙に1986年5月1日の日付)表ジャケット
アートワークが、「EMT」に変わりました。「E. M. Thomas」の略のようです。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』ジャケット裏

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』裏ジャケット

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』LPレコード・レーベルA面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』LPレコード・レーベルB面

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』LPレコード・レーベル面

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』雑誌表紙

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』雑誌表紙
雑誌の印刷は、BrixtonのFly Press。

『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』雑誌目次

▲『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 4』雑誌目次
Peter Blegvadは、「Impressions of Africa」と「Arachnida」というイラストを寄稿。
また、この号にはグリル・マーカス(Greil Marcus)も寄稿しているのですが、そのイラストは、幸村真佐男が1968年に制作した初期コンピューターグラフィック作品「Running Cola is Africa !」をもとにしたもので、たぶんブレグヴァドの手になるもののような気がします。

『Vol. 1 No. 4』はちょっとした日本特集で、LPの目玉は、After Dinnerの1986年2月2日大阪でのライブ音源。
雑誌でもその録音を担当した Yashushi Utsunomiya(宇都宮泰)の寄稿「After Dinner's Concert Sound System」があり、Charlie Charlesによる「はにわちゃん」の仙波清彦インタビューも掲載されています(写真で浴衣姿の小川美潮が写っています)。
通訳は、Shigemasa Fujimoto(藤本成昌)。XTCやロバート・ワイアット本の翻訳や『WONDERLAD - XTC DISCOGRAPHY』『XTC Chronology 1966 - 1999』でおなじみの方です。

そういえば、 『Vol. 1 No. 1』のニュース欄で、日本から届いたものとして、「A-MUSIK」や「LACRYMOSA」の名前が挙げられ、日本への関心も最初から高かったようです。『Vol. 1 No. 1』では、届いたものの英語で読めるのが「HAPPY END」という文字だけで、女性4人組、Fred Frithプロデュース(実際はMix)のLPも紹介されていました。これは難問の音楽クイズになりそうです。

答えは、水玉消防団の1985年作品『満天に赤い花びら』で間違いないと思います。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

テニスコーツ(tenniscoats)の『Music Exists』

宇都宮泰の最近の仕事の一つ、テニスコーツ(tenniscoats)の『Music Exists』disk1(2015年)~disk4(2016年)連作から
『disk4』収録の「月の音」を。

ブレグヴァドのような言葉遊びということなら「にたものどうし」もいいかもしれません。

disk1(2015年)disk2(2015年)disk3(2016年)では
RC mastered by y.utsunomia
        studio hamano (M.U.E.Lab.)

disk4(2016年)では、
recorded, RC mastered by y.utsunomia

とクレジットされていました。「utsunomiya」でなく「utsunomia」で表記されているのですね。
「RC」はリコンストラクション(再構築)の意味だそうです。

宇都宮泰のかかわった音は、 ぼんやり風にあたるように聴いてもいいのですが、音ってなんだろう、録音でいい音をとるってどういうことだろうと、思考を誘うところもあります。

いい音です。

 

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203. 1932年の池田圭『詩集技巧』(2017年4月27日)

1932年の池田圭『詩集技巧』表紙

手元にある池田圭『詩集技巧』は、えび茶色の外箱もなく、中扉がひとつ無くなっている落丁本で、状態もよくありませんが、なかなか見かけない本ですので、写真をあげておきます。 上製(愛藏家版)と並製(讀書家版)の二種ありますが、こちらは並製のほうです。

秋朱之介(1903~1997)が、横浜の五十澤二郎のやぽんな書房に居候していた頃に始めた以士帖印社(エステルいんしゃ)で出した出版物のうち、昭和6年(1931)春の秌朱之介編輯月刊襍志『以士帖』(このときは「秋」ではなく「秌」の字を使っていました)と昭和6年10月刊行の佐藤春夫の詩集『魔女』 讀書家版(昭和7年5月に愛藏家版を刊行)に続いて刊行した自費出版の詩集です。

このあと、以士帖印社は自然消滅して、 昭和8年(1933)には書林オートンヌを立ち上げ〔オートンヌ(automne)は、フランス語で「秋」という意味で、まさに秋流の洒落です〕、日夏耿之介訳の『大鴉』を準備しますが、この企画は流れてしまいました。
その後、昭和8年夏、三笠書房の創設と共に、『書物』誌編集をまかされることになります。

著者の池田圭は、オーディオ研究家にして、第一書房本の収集家だった池田圭(1912~2001)と同一人物だと思われます。オーディオ研究家の池田圭が『詩集技巧』について言及したものをまだ見たことがありませんので、同姓同名の別人の可能性も否定もできませんが。

『詩集技巧』巻末の書目に「池田圭著 第二詩集書名未定」とありますが、その後、秋朱之介の手で池田圭の第二詩集が刊行された形跡はありません。また、秋朱之介が三笠書房在籍時に主宰した、日本限定版倶楽部の名簿に載っていそうな人物でもありますが、池田圭の名前は見当たりません。


池田圭の『音の夕映』(1979年、ステレオサウンド) に収録された「音の夕映」冒頭に、

 僕は幼にしてレコード音楽に戯れ、七十歳に垂んとすると雖も猶倦ない。稍々長じて暫くは絵を眺め、或いは詩文を読んで陶然としていた一時期もあった。歓を求めて銀座街に通うことを日課としたのは二十代を少し過ぎた頃からであった。人々はこの様な僕を放蕩無為の徒として嘲笑した。その中にあって僕を人並に扱って呉れたのは淪落の女達であり、由それが上面だけであろうと利に聡い商人達であった。

とあります。
『詩集技巧』は、「詩文を読んで陶然としていた一時期」につくられ、「淪落の女達」との交情を主題にした12編の小詩で構成された詩集ともいえそうです。

庄司淺水編集の『書物趣味』(昭和7年9月10日発行、ブックドム社)で、秋朱之介は「特殊出版に關するノート」という文章を寄稿し、本づくりの理想や自らの以士帖印社の本について語っています。
そのなかで、池田圭の『詩集 技巧』について、次のように述べています。

 去年の暮から今年の春にかけて私は二冊の本を出版した。一は佐藤春夫氏の『魔女』であり、一は池田圭氏の『技巧』といふ詩集である。この二冊の本は一寸も私を喜ばせてくれなかつた。私は大變、憂鬱になつて了った。どうしてでせう。作品、(私の仕事)が私に辯解させやうとしてるからである。たとへば、金がなかつたの、材料が買へなかつたの、時日がなかつたの、製本や印刷屋が下手だつたの、著者が私の仕事に口出ししたの、と、こんなことは云ふ方でも、聞かされる方でも大變不快な事です。それに不快な氣持では私には仕事は出來ない。私のいふ仕事とは、藝術家が藝術品を創作するといふことである。私にとつて出版は藝術である。

 詩集技巧 池田 圭著
 之は自費出版の本で上製並製二種、並製の特殊な點、この本では本文を鳥の子紙、扉を玉牋紙表紙を墨流しにして背を青い皮にした。
 そして題の一、を桃色 二、を紫 三、を青色(作品によつて色を定めた)とし本文を黑にした。綴糸は三味線の糸で花切は紫羽二重に元結を芯にしてつくつた。筥は海老茶の艶紙をはった菓子筥、この本では扉の色刷と扉の前に雲龍紙を使つた事及天金、製本等が失敗だつた。香水はローヤルシクラメシをかけた。上製は表紙を總皮にしてあり合せの金版をおした。こんなことをするのはよくないことである。あまり高價で思つたやうな純白の皮が買へず、また金版が作れなかつた。そのため小羊の皮を裏返しにして使つた。本文は宣化貢紙といふ紙を使った。本文は古代鳥の子、本の大きさは正四角より心持天地に長く、大版、厚さ約三分、並製。

自分に厳しい求道者的発言とも言えるのですが、「この二冊の本は一寸も私を喜ばせてくれなかつた。私は大變、憂鬱になつて了った。」 とか「この本では扉の色刷と扉の前に雲龍紙を使つた事及天金、製本等が失敗だつた。」 と本の作り手に書かれてしまうと、自費出版の依頼者・池田圭としては、この人物とどう付き合おうか考えてしまうことになりそうです。そうしたことも、『詩集技巧』出版後、秋朱之介と池田圭の関係が続かなかったことの理由のようです。

詩集『魔女』の制作に始まった秋朱之介と佐藤春夫の関係は、その後も続きますが、昭和11年の『霧社』(昭森社)刊行後、ケンカ別れみたいな形になったようです。
昭和23年(1948)、堀口大學にあてた書簡で佐藤春夫は「書物を造る事にかけては狂的な朱秌之介人物」という表現を使っています。本づくりにのめり込む人物の典型として秋朱之介の存在は佐藤春夫の心に残り続けたようです。名前を書き間違えているところは、ご愛敬ですが。

 

池田圭『詩集技巧』の扉

▲池田圭『詩集技巧』の扉

 

池田圭『詩集技巧』の奥付

▲池田圭『詩集技巧』の奥付
昭和6年に「秌」だったものが昭和7年には「秋」になり、横浜で立ち上げた以士帖印社は、東京京橋に移っています。
製本者の中村重義は、秋朱之介の出版にとっては欠かせない存在になる人です。

 

『詩集技巧』に先だって、以士帖印社から昭和6年春に刊行された、秌朱之介編輯月刊襍志『以士帖』は、菊4切(318×469ミリ)の1枚紙を2つ折りした8ページの小冊子で、今後の刊行予定として、次のようなものが掲げられていました。(daily sumusの林哲夫さんのご厚意で見ることができました。)

『月刊襍志以士帖 第一期十二冊』
川上澄生『伊曾保繪物語』
第1回8枚、第2回7枚、第3回12枚、第4回不明と、分売を告知しています。
國田彌之輔、南江二郎、俵靑茅。宮尾しげを、高田隆之助、深澤索一、堀口大學、庄司淺水、米川寛、川西英、柴秀夫といった人たちに送付されています。そのうち堀口大學、庄司淺水らの感想を掲載しています。これらのほか、昭和6年の佐藤春夫の秋朱之介宛て書簡によって、佐藤春夫もこの作品を入手していることが分かっています。
川上澄生全集第1巻『ゑげれすいろは詩画集』(1982年、中公文庫)の 「川上澄生版画集『伊曾保絵物語』(天)以士帖印社」につけたコメントに 、「本書は以士帖印社から刊行の予定であったが、刊者が著者の意に逢わず公刊に至らなかった。また(天)とあるが、続編は作られなかった。 」とあり、「刊者」とあるだけで、秋の名前がないことで、秋朱之介と川上澄生の関係が続かなかったことが想像されます。
深澤索一作 木版手摺色摺 本金使用『猫と鶏頭』
佐藤春夫『詩集 魔女』
予告どおり、昭和6年10月に讀書家版、昭和7年5月に愛藏家版が、以士帖印社から刊行されました。
『マリイ・ロオランサン詩畫帖』
秋朱之介はこの企画を大事にして、5年後の昭和11年6月、昭森社から刊行。
川上澄生作 木版手摺色摺三枚一組『的』
ジョセフ女史著 南江二郎譯 佐藤春夫序『人形芝居の本』

昭和6年(1931)春の秌朱之介編輯月刊襍志『以士帖』には、池田圭の名前はありませんので、池田圭と秋朱之介の出会いは、『以士帖』発行後のことと推測されます。

 

池田圭『詩集技巧』の見開き

▲池田圭『詩集技巧』の見開き
扉の青インクの「海」の文字とノンブルだけの最小構成は、テキストの内容より印象に残ってしまいます。

 

池田圭『詩集技巧』巻末の以士帖印社の書目

▲池田圭『詩集技巧』巻末の以士帖印社の書目
佐藤春夫の詩集『魔女』のほかは、以士帖印社から刊行されることはありませんでした。
もちろん池田圭の第二詩集も刊行されませんでした。
昭和11年のマリイ・ロオランサン詩集刊行までには、紆余曲折があります。

 

池田圭『音の夕映』表紙

▲池田圭『音の夕映』(1979年、ステレオサウンド)表紙。写真は鹿児島県立図書館蔵のもの。

 

池田圭『音の夕映』奥付

▲池田圭『音の夕映』奥付
池田圭には『盤塵集 ―音の姿を求めて』(1981年、ラジオ技術社)というタイトルの著作もあります。
この『盤塵集』というタイトルは、 佐藤春夫の支那歴朝名媛詩抄『車塵集』のもじりです。
秋朱之介も「座右の宝」の1冊として『車塵集』をあげていましたので、本の趣味という点では池田圭と秋朱之介には共通するものがあったようです。

 

『音の夕映』掲載の池田圭の再生装置写真

▲『音の夕映』掲載の池田圭の再生装置写真
平岡正明(1941~2009)は『スラップスティック快人伝』(1976年、白川書院)で次のように書いています。

オーディオの権威者のなかでも池田圭氏は別格だと思っている。その理由は、品位である。品位、すなわち有効性の上にあるもの(本多秋伍)。この卓抜な定義が池田圭氏のシステムにあてはまる。

この部屋の書棚には、第一書房の特装本が並んでいたそうです。

 

林達夫・福田清人・布川角左衛門編著『第一書房 長谷川巳之吉』

▲林達夫・福田清人・布川角左衛門編著『第一書房 長谷川巳之吉』(1984年、日本エディタースクール)
池田圭は「私と第一書房本」という回想を寄稿。カラー口絵の第一書房本の書影は、池田圭所蔵のもの。
この 『第一書房 長谷川巳之吉』の「回想」には、

  入江相政(1905~1985)
  福田清人(1904~1995)
  三浦逸雄(1899~1991?)
  春山行夫(1902~1994)
  亀倉雄策(1915~1997)
  野田宇太郎(1909~1984)
  草野貞之(1900~1986)
  内村直也(1909~1989)
  池田圭(1912~2001)
  高橋健二(1902~1998)
  城夏子(1902~1995)
  飯沢匡(1909~1994)
  谷川徹三(1895~1989)
  林達夫(1896~1984)

といった人たちが寄稿しています。この場に秋朱之介が並んでいてもおかしくありません。
秋朱之介に回想を依頼したら、面白い原稿がもらえたような気がします。

その人物像を考えるとき、その人物がどういうグループの中にいるかということから想像する方法があります。

例えば、 まだ月刊誌だった『太陽』(平凡社)に、高梨豊撮影の人物写真をメインに1988年7月から1989年6月まで12回連載された「ダンディズム頌」は次のような人選でした。

  古沢岩美(1912~2000)画家
  福田勝治(1899~1991)写真家
  永田耕衣(1900~1997)俳人
  黒田長久(1916~2009)鳥類学者
  土浦亀城(1897~1996)建築家
  マキノ雅裕(1908~1993)映画監督
  秋朱之介(1903~1997)出版人
  平林作蔵 船大工
  榊莫山(1926~2010)書家
  中川幸夫(1918~2012)華道家
  埴谷雄高(1909~1997)作家

こうした並びに秋朱之介がいるということで、秋朱之介という存在の位置どりを少し理解できるような気がします。

 

平岡正明 『スラップスティック快人伝』

▲ 平岡正明 『スラップスティック快人伝』(1976年5月15日第一刷、白川書院)
平岡正明(1941~2009)は、池田圭をオーディオの師と仰いでいます。『スラップスティック快人伝』で池田圭の略歴を次のように紹介しています。

オーディオの神髄 池田圭とWEホーン
池田圭 蓄音機研究家。明治四十五年、島根県隠岐島の産。三歳時、祖父より買ってもらった蓄音機“ユーホン号”に愛情をもっていらい、蓄音機の研究と収集一筋、日本におけるオーディオの草分け、最高権威者になる。学生時代、ノートがそのスケッチで一杯になった銘器、WE555Wドライバーと15Aホーン一揃を三十数年の恋実って入手、古今の名器にかこまれた目黒のリスニングルーム兼保存庫にこもっての優雅な毎日。

平岡正明 『スラップスティック快人伝』で紹介されているのは、次のような人物たちです。

  油井正一(1918~1998)
  大森忠(1943~ )
  佐々木守(1936~2006)
  ソンコ・マージュ(荒川義男、1935~ )
  奥成達(1942~2015)
  大山倍達(1923~1994)
  布川徹郎(1942~2012)
  上杉清文(1946~ )
  酋長 本名森幸男(1936~ )
  瓜生良介(1935~2012)
  赤塚不二夫(1935~2008)
  池田圭(1912~2001)
  羽生道雄(1933~ )
  神彰(1922~1998)

 

平岡正明編『ヨコハマB級譚 タウン誌『ハマ野毛』アンソロジー』

▲平岡正明編『ヨコハマB級譚 タウン誌『ハマ野毛』アンソロジー』(1995年、ビレッジセンター)
『ハマ野毛』は、1992年3月から1994年3月までの2年間、6号続いた横浜野毛のタウン誌で、平岡正明、福田文昭、田中優子、中野義仁、森直実、黄成武、荻野アンナ、藤代邦男、大谷一郎、大内順、中泉吉雄、笑順、伊達政保、四方田犬彦、大月隆寛、石川英輔、永登元次郎、中村文也、陳立人、アズマダイスケ、種村季弘、中谷豊、田村行雄、橋本隆雄、福田豊、大久保文香、鈴木智恵子、平木茂、雪竹太郎、落合清彦、ルベ・エマニュエル、加藤桂、大久保凡、水野雅広、佐々木幹郞、橋本勝三郎、梁石日、三波春夫、宮田仁、高橋長英、田井昌伸、中島郁、見角貞利、井上洋介、織裳浩一、藤沢智晴、中谷浩、渡辺光治と、多彩な執筆者に支えられていました。そのアンソロジーです。

編集長の平岡正明が書いた「まえがき」に次のような一節があります。

編集員渡辺光次、事務員大久保文香、俺(平岡正明)の三人のチームは、「オール横浜リズム・セクション」だった。 (略)
渡辺光次はハマを代表したタウン誌『浜ッ子』編集長だった男。大久保文香は雑誌編集ははじめてだったが、昭和初年の円本ブームにさからって美麗本を作りつづけた装釘師秋朱之介の娘だ。この二人と組んで俺はアート・ブレイキー型の編集者になると決めた。

平岡正明は、池田圭と秋朱之介をつなぐことができた存在だったのかも知れません。
平岡正明が「昭和初年の円本ブームにさからって美麗本を作りつづけた装釘師秋朱之介」について書いていたら、痛快だったと思います。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

 Fairground Attraction『The first of a million kisses』

ジャズの低音が地階の店からもれ聴こえる情景が思い浮かびました。
Fairground Attractionの1988年作品『The first of a million kisses』の再発盤が Cherry Red Records から出ていたので、その中から「Moon on the Rain」を。

  jazz in a basement bar
  moon's on the rain
  drunk too much
  spent too much
  penniless again
  o sweetheart
  where are you tonight

   地階の飲み屋からジャズの音がもれ、
   月が雨にきらめいている
   いっぱい飲んで、いっぱい払って、またお財布はからっぽ
   ねえ、愛し君、今夜はどこをほっついてるの

 

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202. 2011年の『Emblem of My Work』展カタログ(2017年4月3日)

 2011年の『Emblem of My Work』展カタログ

ローレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』第1巻(1759年)刊行250周年で、登場人物ヨリックの死を悼む黒いページ(73ページ)にあわせて、73組の作家・アーチストにそれぞれの「黒いページ」の制作を依頼した Laurence Sterne Trust の企画展、2009年の「黒いページ」展に続いて、『トリストラム・シャンディ』第3巻(1761年)169ページのマーブルペーパーに発想を得て、152×98ミリのカードに、枠は119×68ミリという条件で、169組のアーチストにそれぞれの「自作の象徴(Emblem of My Work)」の制作を依頼する企画が立てられました。「自作の象徴(Emblem of My Work)」という言葉は、そのマーブルページを説明したスターンの言葉からとられています。
企画どおり集まった169点の作品と、さらにもう1点加えて、計170点の作品は、2011年に Shandy Hall で展示されました。
写真は、その作家たちの「自作の象徴(Emblem of My Work)」を集めて箱に収めたカタログです。カタログ制作に時間がかかったのか、刊記は2013年になっています。
日本からの参加は今回も刀根康尚ひとりでした。

すべての作品は「Emblem of My Work」のwebページで見ることができます。このwebページ上では「The Black Page」のwebページ同様、作者の名前を伏せていて、謎解きの要素もあります。

カタログを制作したのは、Uniformbooksを主宰するコリン・サケット(Colin Sackett)です。ピーター・ブレグヴァド(Peter Blegvad)の本も2冊制作している人です。

『Tne Black Page』展と『Emblem of My Work』展のカタログ

▲『The Black Page』展と『Emblem of My Work』展のカタログ

『Emblem of My Work』展カタログ

▲『Emblem of My Work』展カタログ

『Emblem of My Work』展のカード01

『Emblem of My Work』展のカード02

▲『Emblem of My Work』展のカード169枚+1枚を並べてみました。169=13×13なので、ちょっと禍々しさも含む数字ですが、1枚足して170で禍々しさを回避したのでしょうか。

マーブルページ直前のスターンのテキストも引用します。第3巻36章から。

――はじめからはっきり言っちゃいましょう、今すぐそんな本などはお捨てになるほうがよろしい――と申すのは、つけ焼刃の読書ぐらいでは、というのは申すまでもなくつけ焼刃の知識ではという意味ですが、この次に出て来る墨流し模様のページの教える教訓など、とてもあなたにわかるものじゃありませんからね(このページこそ、私のこの著作のゴチャゴチャした象徴なんですがね!)。それはちょうど、世間の人たちがあれだけの賢こさを持ち寄っても、いつかの真黒なページの暗黒のヴェールの下に今なお謎のごとく隠されたままになっている、無数の思想やら行為やら真理やらを、ついに解明できなかったのと同じことなんですよ。(朱牟田夏雄訳、岩波文庫、1969年)
――I tell you beforehand, you had better throw down the book at once; for without much reading, by which your reverence knows, I mean much knowledge, you will no more be able to penetrate the moral of the next marbled page (motley emblem of my work!) than the world with all its sagacity has been able to unravel the many opinions, transactions, and truths which still lie mystically hid under the dark veil of the black one.

『トリストラム・シャンディ』初版の169ページも、手づくりの墨流しなので、本ごとに違うイメージになっています。
2011年の「自作の象徴(Emblem of My Work)」では、当たり前の話ですが、さらに多様です。
もっとも、白紙で返答されたものが3組あり、1人だけならちょっと気が利いた話になるのですが、3人だと恥ずかしさが先に立ちます。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

4月1日に、鹿児島市のGood Neighborsで行われたコトリンゴの「すずさんとハナウタライブ@鹿児島」を聴きにいきました。

 すずさんとハナウタライブ@鹿児島01

 すずさんとハナウタライブ@鹿児島02

鹿児島市では、2009年、2011年、2014年に続いて、4回目のソロライブでしょうか(2014年は中島ノブユキさんと2人でしたが)、毎回聴きに行く忠実なファンです。
最初のシングル「こんにちは またあした」が2006年11月リリースでしたから、もう10年です。コトリンゴの居場所が、10年間、音楽業界のなかにあったことだけでも、なんだか素晴らしいじゃないですか。

今回は映画『この世界の片隅に』のサントラ曲を中心に、ソロアルバムの曲「こんにちは またあした」 「to Stanford」 「おいでよ」 「白い鳥」
「誰か私を」などや、他のサントラ曲 「こどものせかい」 「幸腹グラフィティのテーマ」を織り交ぜて、2時間の濃密なセットでした。

MCで、映画の主人公すずさんのように広島言葉になるときがあって、物語と「共感」していらっしゃるのだなと感じました。

コトリンゴが地上に舞い降りた天使のひとりであることは間違いなく、 何をやっても許されていい領域にある存在で、天使らしく人知を超えた乱暴狼藉を働いても誰も文句は言えないのですし、ピアノ弾き語りスタイルは幸福な時間であることは間違いないのですが、九州でもバンド編成でのライブを期待したいところです。

ライブではありがちなことですが、今回は、PAが何か微かなノイズを拾っていて、特に繊細な音の部分で気になって、そのノイズが暴発しないか、余計な想像力が働いたのも確かです。人によっては歌とピアノに集中できなかったかもしれません。

 

コトリンゴのアルバムジャケットの傾向で、「ヘアスタイルの冒険期」と「手作り手芸期」の2期に分けていますが、繰り返しよく聴いたのは「ヘアスタイルの冒険期」の2008年のセカンドアルバム『Sweet nest』かもしれません。そのアルバムのことを考えたら「me.ga.ne.」という曲が頭に流れてきました。
「まちがったとわかっても まあいいやそんなもんなんだ」という声の抑揚が好きです。


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201. 1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』(2017年3月17日)

      1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』背

古本屋さんで、上のような書物の箱の背文字を見たとします。
なにかぴんと来ますか?

あれ、これは、資生堂の書体? と反応するのが、いちおう正解です。

つまり、資生堂書体をつくった小村雪岱(1887~1940)が装幀した本ということになります。
昭和3年、1928年の本。版元は実業之日本社。佐佐木信綱(1872~1963)・佐佐木雪子(1874~1948)夫妻が、佐佐木信綱が主宰した竹柏会の短歌誌『心の華』にそれぞれ連載していた随筆をまとめた本ということのようです。佐佐木信綱は「竹柏漫筆」、佐佐木雪子は「西片町より」のタイトルで、二部構成になっています。

序文を新村出(1876~1967)と松村みね子(片山廣子、1878~1957)が書いているのも目を引きます。

小村雪岱といえば、秋朱之介編集の『書物』誌(三笠書房)でも、表紙に小村雪岱の版画が使われていました。

佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』の外箱

▲佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』の外箱

佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』の表紙

▲佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』の表紙

装幀・・・小村雪岱

▲「装幀・・・小村雪岱」に1ページ使っています。

『竹柏漫筆』奥付と「心の華叢書既刊要目(竹柏會發行)」

▲佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』奥付と「心の華叢書既刊要目(竹柏會發行)」
「心の華叢書既刊要目(竹柏會發行)」の筆頭に、秋朱之介が大好きだった本、白蓮の『踏繪』があります。

 

佐佐木信綱の竹柏会に、秋朱之介が編集・装幀した『お前と私』(1934年、三笠書房)の訳者・西尾幹子が参加していた形跡があります。
佐佐木雪子の身辺雑記「西片町より」に、西尾幹子の名前が登場しないかと、淡い期待を抱いて、通読してみました。残念ながら西尾幹子の名前は登場せず、続編の『筆のまにまに』(人文書院、1935年)にも登場しませんでした。 西尾幹子へつながる手がかりは、なかなか見つかりません。
当時の上流家庭というのでしょうか、その人脈が垣間見える本ではあります。

『筆のまにまに』に佐佐木雪子の「海濱ホテルと三渓園」という随筆がありました。
三渓園は、昭和初期にも「お國の土産話の一つ」になるような場所だったようで、二月に三渓園に行ったばかりだったので、ちょっと笑ってしまいました。

 日の照つてゐる芝生の前あたりに、米山さんと、乾博士と夫と三人で、何か話をしてをられる。自分は、阪本夫人と一緒に、庭に下りる。そこにおいでの若いお二人は、高木さんさんと、荒川さんの御子息で、米山さんが伴なつて、今日此の海濱ホテルにお出になつたのであると、夫はいふ。窓の近くのお二人に、自分は始めて御挨拶をする。阪本さんは、大和にをつて、山ばかり見てゐるものには、海がほんたうに珍らしいのでといはれるまゝに、松原の向うの見晴臺まで行つてみる。あやにくに、大島は見るよしもなかつたが、日が一ぱいに照つて、寄せかへる浪もまことにおだやかに、吹く風もあまり寒くなかつた。若い中村さんは、稻村が崎から逗子あたりまでを指して、いろいろ説明をなさる。赤い洋装のよくお似合ひになる斷髪の中村若夫人は、つゝましやかに始終微笑して居られる。阪本さんは東京に六時に約束をしたが、それまでは時間があると言はれるので、お國の土産話の一つにもと、三渓園に行く。阪本さんお二人と夫と治綱は、桃山から聴秋閣へとゆく。自分は、夫人とお話をしながら待つてゐた。支那風の卓の置いてある廣間に十年ぶりのお話は盡きなかつた。良三郎さんのお祝の後、今日はじめて思ひもよらず、今こうしてお話をしてゐる自分が、夢のやうな氣がする。自分は去年の祝に、御主人がかいて下さつた藤の花の軸物のお禮をとおもつてゐたに、今日は重荷が下りたやうな氣がする。阪本さんお二人が上京せられて此の機會をつくつて下さつたことを、しみじみ嬉しく思つたのであつた。歸りの電車で、大和の塔のお話やら、タゴールの居た山の上の眺めやらのお話をくり返してゐる間に、ネオンサインの赤い燈がまぶしいやうに輝いてきた。

鎌倉の海濱ホテルというのは、今は跡形もないようです。
「鎌倉の海濱ホテル → 三渓園 → 東京」というのは、1日の日程としてはあり、なのかと思いましたが、横浜の人に聞くと、鎌倉は鉄道が早くから整備されていたので、鎌倉から三渓園へは、横須賀線で今の横浜、桜木町に出て、そこから三渓園へは車か市電を使って移動したのではないかという話でした。当時は本牧を市電が走っていたようです。それから、また桜木町へ戻って東京へと。
やはり、だいぶせわしない行程だったように思えますが、随筆に登場する人物たちにとっては、よい一日だったようです。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

さくら学院『約束』「ユビキリ」

アルバムのジャケットが江ノ島・七里ヶ浜周辺で撮影されたようなので、鎌倉つながりというか、もう3月の卒業の時期ということで、さくら学院の今年度のアルバム『約束』から、中三卒業曲「ユビキリ」を。
今年度の卒業生、中学三年の倉島颯良と黒澤美澪奈の卒業曲は、昭和歌謡とJazzを組み合わせた、さくら学院には珍しい曲調のカッコいい曲という前触れでしたが、卒業ライブだけで歌われるさくら学院の中三曲は、毎年毎年おっさんの胸にもしみます。

 

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200. 千駄木の秋朱之介寓居から小日向の堀口大學の家まで(2017年3月16日)

小日向の鷺坂

199. 2009年の『黒いページ』展カタログ(2017年2月14日)

2009年の『黒いページ』展カタログ

198. 1934年の『西山文雄遺稿集』(2017年1月31日)

1934年の『西山文雄遺稿集』

197. 1967年の『笑いごとじゃない』(2017年1月14日)

1972年の『笑いごとじゃない』

196. 2017年1月1日の桜島

2017年1月1日の桜島01

195. 1978年のキャシー・アッカーの声(2016年12月31日)

2016年Peter Gordon & David van Tieghem「Winter Summer」裏ジャケット

194. 1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』(2016年12月19日)

1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』

193. 1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』(2016年12月15日)

1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』

192. 1995年の峯村幸造『孤拙優游』(2016年11月30日)

1995年の峯村幸造『孤拙優游』

191. 1980年の今井田勲『雑誌雑書館』(2016年10月27日)

1980年の今井田勲『雑誌雑書館』箱表紙

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190. 1971年の『海』の表紙(2016年10月24日)

1971年の『海』01

189. 1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』(2016年10月17日)

1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』

188. 1936年の『木香通信』6月号(2016年9月26日)

1936年の『木香通信』六月号

187. 1936年のモラエス『おヨネと小春』(2016年9月4日)

1936年のモラエス『おヨネと小春』箱と表紙

186. 1927年の『藝術市場』―避暑地ロマンス号(2016年8月19日)

1927年の『藝術市場』

185. 1968年の天沢退二郎『紙の鏡』(2016年8月5日)

1968年の天沢退二郎『紙の鏡』

184. 1970年の天沢退二郎『血と野菜 1965~1969』(2016年8月4日)

1970年の天沢退二郎『血と野菜』

183. 1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』(2016年7月29日)

1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』

182. 1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』(2016年7月21日)

1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』

181. 1953年の片山廣子『燈火節』(2016年5月18日)

1953年の片山廣子『燈火節』

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180. 1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻(2016年5月17日)

1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻

179. 1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻(2016年5月16日)

1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻

178. 1904年の『アイルランドの丘で狩りをする妖精女王マブ』(2016年5月10日)

1904Queen Maeve

177. 1942年の野村傳四『大隅肝屬郡方言集』(2016年4月28日)

野村傳四『大隅肝屬郡方言集』表紙

176. 1926年ダックワース版のハドソン『緑の館』(2016年4月22日)

1926GreenMansions01

175. 1948年のバーナード・ダーウィン『のんきな物思い』(2016年3月17日)

1948Every Idle Dream

174. 1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』(2016年2月23日)

1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』

173. 1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』(2016年2月18日)

1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』

172. 1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』(2016年1月24日)

1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』表紙

171. 桜島雪景色(2016年1月24日)

2016年1月24日桜島雪景色

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170. 1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』(2016年1月18日)

1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』表紙

169. 1966年の天沢退二郎『時間錯誤』(2016年1月17日)

1966年の天沢退二郎『時間錯誤』表紙

168. 1925年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏のおはなし』(2016年1月12日)

1925 The Rale Of Mr Tootleoo 表紙

167. 2016年1月1日の桜島

2016年1月1日桜島

166. 1964年のミス・リード編『カントリー・バンチ』(2015年12月31日)

1964 Miss Read Country Bunch

165. 1924年のジェフリー・ケインズ『サー・トマス・ブラウン書誌』(2015年12月12日)

A BIBLIOGRAPHY OF SIR THOMAS BROWNE

164. 1975年のAllen Toussaint 『Southern Nights』(2015年11月16日)

1975 Allen Toussaint Southern Nights

163. 1968年の松下竜一『豆腐屋の四季』(2015年11月11日)

1968松下竜一『豆腐屋の四季』

162. 1963年の天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』(2015年11月10日)

天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』

161. 1984年の品川力『本豪落第横丁』(2015年10月1日)

1984年の品川力『本豪落第横丁』

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160. 2015年のユニティー・スペンサー『アーチストになれて運がよかった』(2015年9月30日)

Unity Spencer『Lucky to be an Artist』

159. 1961年の天沢退二郎詩集『朝の河』(2015年8月30日)

1961年天沢退二郎詩集『朝の河』表紙

158. 1972年の『天澤退二郎詩集』(2015年8月29日)

1972天澤退二郎詩集外箱

157. 初夏の七郎すもも(2015年7月24日)

七郎すもも01

156. 1979年のPeter Gabriel「Here Comes The Flood」(2015年7月23日)

1979 Peter Gabriel Here Comes the Flood

155. 1940年の松崎明治『ANGLING IN JAPAN (日本ノ釣)』(2015年6月18日)

1940 ANGLING IN JAPAN Cover

154. 2000年のクリンペライ『不思議の国のアリス』ジャケット(2015年4月25日)

2000 Klimperei Alice au Pays des Merveilles

153. 2012年のデヴィッド・アレン『サウンドバイツ 4 ザ レヴェレイション 2012』(2015年3月18日)

soundbites 4 tha reVelation 2012_cover

152. 2012年のダンカン・ヘイニング『トラッドダッズ、ダーティボッパー、そしてフリーフュージョニアーズ』(2015年3月16日)

Trad Dads, Dirty Boppers And Free Fusioneers

151. 1976年のキリル・ボンフィリオリ『Something Nasty In The Woodshed』(2015年1月29日)

1976Bonfiglioli_Something Nasty

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150. 1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号(2015年1月18日)

1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号

149. 1995年ごろの片岡吾庵堂さん作「翔び鶴」(2015年1月10日)

片岡吾庵堂さんの翔び鶴

148. 1937年のダグラス・コッカレル『製本』(2015年1月5日)

1937Douglas Cockerell_Bookbinding01

147. 2015年1月1日の桜島

2015年1月1日桜島01

146. 1984年のジョージ・オーウェル『1984年』ファクシミリ版(2014年12月30日)

1984Orwell_dustwrapper

145. 1974年の天澤退二郎詩集『譚海』(2014年12月29日)

1974天澤退二郎詩集『譚海』

144. 2001年の岩田宏『渡り歩き』(2014年12月26日)

2001年岩田宏『渡り歩き』

143. 1980年の岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』(2014年12月1日)

岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』

142. 1985年のエドワード・リア回顧展カタログ(2014年10月7日)

1985Edward Lear01

141. 1977年の辻邦生『夏の海の色』(2014年8月29日)

辻邦生『夏の海の色』

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140. 1974年のロバート・ワイアット『ロック・ボトム』(2014年7月26日)

1974Wyatt_Rock Bottom01

139. 1998年の『河原温 全体と部分 1964-1995』展カタログ(2014年7月16日)

1998河原温_表紙

138. 1913年の半仙子『日當山侏儒戯言』(2014年6月30日)

1913半仙子『日当山侏儒戯言』表紙

137. 1917年の加藤雄吉『尾花集』(2014年6月27日)

1917加藤雄吉_尾花集_表紙

136. 1929年の島津久基『羅生門の鬼』(2014年6月12日)

1929島津久基_羅生門の鬼_箱

135. 1943年の『FLEURON』誌刊行20周年記念に催された食事会のメニュー(2014年4月25日)

1943年『Fleuron』誌20周年昼食会メニュー01

134. 1995年の平田信芳『石の鹿児島』(2014年2月27日)

平田信芳_石の鹿児島

133. 1983年のリチャード・カーライン回顧展カタログ(2014年2月8日)

1983Richard Carline_catalogue

132. 1971年のリチャード・カーライン『ポストのなかの絵』第2版(2014年1月26日)

1971Carline_Post

131. 1994年のウィリー・アイゼンハート『ドナルド・エヴァンスの世界』(2014年1月7日)

1994DonaldEvans_cover

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130. 1978年の雅陶堂ギャラリー「JOSEPH CORNELL展」カタログ(2014年1月5日)

1978Cornell_雅陶堂_cover

129. 2014年1月1日の日の出(2014年1月1日)

2014年1月1日桜島の日の出01

128. 2010年の『クラシック・アルバム・カヴァー』(2013年12月11日)

2010Classic Album Cover_Royal Mail

127. 1934年の『藝術家たちによる説教集』(2013年12月1日)

1934Sermons by Artists_表紙

126. 1926年の南九州山岳會編『楠郷山誌』(2013年11月27日)

1926楠郷山誌_箱表紙

125. 1924年の第七高等学校造士館旅行部『南溟』創刊号(2013年11月26日)

1924南溟_表紙

124. 1974年の講談社文庫版『復興期の精神』(2013年11月17日)

1974年_花田清輝_復興期の精神

123. 1924年の箱入りの志賀直哉『眞鶴』と木村荘八『猫』(2013年11月9日)

1924志賀直哉_真鶴_木村荘八_猫_箱と表紙

122. 1912年ごろのスレイド美術学校のピクニック集合写真(2013年10月17日)

1912 Slade picnic

121. 1929年のアーサー・ウェイリー訳『虫愛づる姫君』(2013年10月8日)

1929Wale_The Lady Who Loved Insects_cover

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120. 2004年の『妄想フルクサス』(2013年9月30日)

2004Mousou Fluxus_cover01

119. 1937年のアーサー・ウェイリー訳『歌の本』(2013年9月22日)

1937_54_Waley Book of Songs

118. 1984年のガイ・ダヴェンポート『「りんごとなし」とその他の短編』(2013年9月12日)

1984Davenport_Apples & Pears

117. 1953年のゴードン・ボトムレイ『詩と劇』(2013年9月10日)

1953GordonBottomley

116. 1905年のゴードン・ボトムレイ『夏至の前夜』(2013年9月9日)

1905MidsummerEve_cover

115. 1985年の『さようなら、ギャングたち』(2013年7月31日)

1985So Long Gangsters

114. 1972年の島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』(2013年7月14日)

1972東北と奄美の昔ばなし詩稿社

113. 1976年の『ジョセフ・コーネル・ポートフォリオ』(2013年7月4日)

1976Joseph Cornell Portfolio01

112. 1958年のエリナー・ファージョン『想い出のエドワード・トマス』(2013年6月26日)

1958Farjeon_Thomas_Oxford

111. 1887年のローレンス・オリファント『ファッショナブルな哲学』(2013年6月15日)

1887Oliphant_Fashionable Philosophy_cover

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110. 1938年の『聖者の物語』(2013年6月12日)

1938Marty_Histoire Sainte_cover

109. 1975年のハットフィールド・アンド・ザ・ノース『ザ・ロッターズ・クラブ』(2013年6月4日)

1975Hatfield and the North_The Rotters' Club

108. 1982年のアン・テイラー『ローレンス・オリファント 1829-1888』(2013年5月26日)

1982Anne Taylor_Laurence Oliphant

107. 1971年のドナルド・バーセルミ『ちょっとへんてこな消防車』(2013年5月16日)

1971Barthelme_fire engine

106. 1991年のウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』(2013年5月10日)

1991THE DIFFERENCE ENGINE

105. 1992年の『五代友厚・寺島宗則・森有礼』(2013年5月8日)

1992reimeikan_mori arinori

104. 1957年の木山捷平『耳學問』(2013年4月28日)

1957Kiyama Shouhei Mimigakumon

103. 1924年のエドワード・ゴードン・クレイグ『木版画と覚書』(2013年4月23日)

1924 Gordon Craig Woodcuts cover 01

102. 1957年のエドワード・ゴードン・クレイグ『わが生涯の物語へのインデックス』(2013年4月17日)

1957Index_Gordon Craig

101. 1900年ごろのホフマン『英語版もじゃもじゃペーター』(2013年4月8日)

1900Struwwelpeter_cover

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100. 1959年の『グウェン・ラヴェラの木版画』(2013年3月26日)

1959Raverat_wrapper

99. 1977年の『レイノルズ・ストーン木版画集』(2013年3月24日)

1977ReynoldsStone_titlepage

98. 1981年の『九百人のお祖母さん』(2013年3月23日)

1981_900grandmothers

97. 1938年の『風車小屋だより』(2013年3月19日)

1938Daudet_Moulin_cover

96. 1935年の『薩藩の文化』(2013年3月13日)

1935Satsuma_bunka_cover

95. 1981年の『土曜日の本・傑作選』(2013年3月12日)

1981SaturdayBook_wrapper

94. 1975年の『土曜日の本』(2013年3月11日)

1975SaturdayBook_wrapper

93. 1973年の『土曜日の本』(2013年3月10日)

1973SaturdayBook_wrapper

92. 1972年の『土曜日の本』(2013年3月9日)

1972SaturdayBook_box_wrapper

91. 1971年の『土曜日の本』(2013年3月8日)

1971SaturdayBook_wrapper

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90. 1970年の『土曜日の本』(2013年3月7日)

1970SaturdayBook_wrapper

89. 1969年の『土曜日の本』(2013年3月6日)

1969SaturdayBook_box_wrapper

88. 1968年の『土曜日の本』(2013年3月5日)

1968SaturdayBook_box_wrapper

87. 1967年の『土曜日の本』(2013年3月4日)

1967SaturdayBook_wrapper

86. 1966年の『土曜日の本』(2013年3月3日)

1966SaturdayBook_box_wrapper

85. 1965年の『土曜日の本』(2013年3月2日)

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84. 1988年のケヴィン・エアーズのライブ(2013年3月1日)

1978KevinAyers_RainbowTakeaway

83. 1964年の『土曜日の本』(2013年2月28日)

1964SaturdayBook_wrapper

82. 1963年の『土曜日の本』(2013年2月27日)

1963SaturdayBook_wrapper

81. 1962年の『土曜日の本』(2013年2月26日)

1962SaturdayBook_wrapper

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80. 1961年の『土曜日の本』(2013年2月25日)

1961SaturdayBook_box_wrapper

79. 1960年の『土曜日の本』(2013年2月24日)

1960SaturdayBook_wrapper

78. 1959年の『土曜日の本』(2013年2月23日)

1959SaturdayBook_box_wrapper

77. 1958年の『土曜日の本』(2013年2月22日)

1958SaturdayBook_box_wrapper

76. 1957年の『土曜日の本』(2013年2月21日)

1957SaturdayBook_box_wrapper

75. 1956年の『土曜日の本』(2013年2月20日)

1956SaturdayBook_box_wrapper

74. 1955年のオリーヴ・クックとエドウィン・スミス『コレクターズ・アイテム』(2013年2月19日)

1955CollectorsItems_wrapper

73. 1955年の『土曜日の本』(2013年2月18日)

1955SaturdayBook_box_wrapper

72. 1954年の『土曜日の本』(2013年2月17日)

1954SaturdayBook_box_wrapper

71. 1953年の『土曜日の本』(2013年2月16日)

1953SaturdayBook_wrapper

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70. 1952年の『土曜日の本』(2013年2月15日)

1952SaturdayBook_wrapper

69. 1951年の『土曜日の本』(2013年2月14日)

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68. 1951年の『現代の本と作家』(2013年2月13日)

1951ModernBooksWriters_cover

67. 1950年の『土曜日の本』(2013年2月12日)

1950SaturdayBook_wrapper

66. 1949年の『土曜日の本』(2013年2月11日)

1949SaturdayBook_wrapper

65. 1948年の『土曜日の本』(2013年2月10日)

1948SaturdayBook_wrapper

64. 1947年の『土曜日の本』(2013年2月9日)

1947SaturdayBook_wrapper

63. 1946年の『土曜日の本』(2013年2月8日)

1946SaturdayBook_wrapper

62. 1945年の『土曜日の本』(2013年2月7日)

1945SaturdayBook_wrapper

61. 1944年の『土曜日の本』(2013年2月6日)

1944SaturdayBook_cover

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60. 1943年の『土曜日の本』(2013年2月5日)

1943SaturdayBook_wrapper

59. 1942年の『土曜日の本』(2013年2月4日)

1942SaturdayBook_cover

58. 1936年の『パロディ・パーティー』(2013年2月3日)

1936ParodyParty_cover

57. 1941年の『土曜日の本』(2013年2月2日)

1941SaturdayBook_rapper

56. 1953年ごろの『スティーヴンス=ネルソン社の紙見本帖』(2013年1月31日)

1953Specimens_cover

55. 1945年の岸田日出刀『建築學者 伊東忠太』(2013年1月29日)

1945Kishida_Ito Chuta

54. 1912年のチャールズ・T・ジャコビの『本と印刷についての覚書』(2013年1月27日)

1912CTJacobi_Books and Printing

53. 1903年の岡倉覚三『東洋の理想』(2013年1月26日)

1903Okakura_The Ideals Of The East

52. 1895年のウィリアム・モリス『世界のかなたの森』(2013年1月25日)

1895Morris_WoodBeyondTheWorld_title

51. 1969年ごろの『モノタイプ社印刷活字見本帖』(2013年1月23日)

1969MonotypeSpecimen

 

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50. 1958年の小沼丹『黒いハンカチ』(2013年1月22日)

1958OnumaTan_BlackHandkerchief

49. 1902年のゴードン・ボトムレイ『夜さけぶもの 一幕劇』(2013年1月21日)

1902Bottomley_Crier_cover

48. 1955年の『詩人と画家 ゴードン・ボトムレイとポール・ナッシュの往復書簡』(2013年1月20日)

1955Bottomley_Nash_Correspondence

47. 1945年のトム・ジェントルマン『ブラエ農場』(2013年1月19日)

1945BraeFarm_cover01

46. 1957年の岩波書店版『漱石全集 書簡集一~五』(2013年1月18日)

1957Souseki_letters

45. 1980年のノエル・キャリントン『キャリントン 絵・素描・装飾』(2013年1月17日)

1980Noel Carrington

44. 1970年の『キャリントン 手紙と日記抜粋』(2013年1月16日)

1970Carrington

43. 1892年のマードック,バートン,小川『アヤメさん』(2013年1月15日)

1892Ayame-san01

42. 1910年のポンティング『この世の楽園・日本』(2013年1月14日)

1910Ponting_ LOTUS-LAND JAPAN

41. 1987年のデヴィッド・マッキッタリック『カーウェン・パターン紙の新見本帖』(2013年1月13日)

1987_A New Specimen Book of Curwen Pattern Papers

 

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40. 1969年の『岩下壮一 一巻選集』(2013年1月12日)

1969IwashitaSoichi

39. 1860年のモクソン版『アルフレッド・テニスン詩集』(2013年1月11日)

1860Moxon_Tennyson

38. 1980年のヤング・マーブル・ジャイアンツ『言葉と絵』(2013年1月10日)

1980YMG

37. 1927年の『七高さん』(2013年1月9日)

1927_7kousan

36. 1936年のグウェン・ラヴェラ『逃亡』(2013年1月8日)

1936Runaway_Raverat

35. 1899年のメアリ・フェノロサ『巣立ち』(2013年1月7日)

1899OutOfTheNest

34. 1906年のメアリ・フェノロサ『龍の画家』(2013年1月6日)

1906DragonPainter

33. 1961年のジュニア鹿児島編『ニコニコ郷土史』(2013年1月5日)

1961niconico_history

32. 1940年のジョン・ファーリー『刻まれたイメージ』(2013年1月4日)

1940JohnFarleigh

31. 1939年と1946年の『トワエモワ』(2013年1月3日)

1939ToiEtMoi

 

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30. 1963年の『シルヴィア・ビーチ 1887-1962』(2013年1月2日)

1963SylviaBeach

29. 謹賀新年(2013年1月1日)

2013HappyNewYear

28. 1984年のカトラー文・ベンジ絵『ニワトリになったハーバートくん』(2012年12月31日)

1984Cutler_Benge

27. 1970年のアーサー・ウェイリー『Madly Singing in the Mountains』(2012年12月30日)

1970ArthurWaley

26. 1925年のウェイリー訳『源氏物語』(2012年12月29日)

1925Genji_Waley

25. 1931年のウィリアム・ローゼンスタイン『人と思い出』(2012年12月28日)

1931WillRothenstein

24. 1949年の梅花艸堂主人『夢』(2012年12月27日)

1949Baikasodo_yume

23. 1947年の加藤一雄『無名の南畫家』(2012年12月26日)

kato_mumeinonangaka1947

22. 1963年の岩本堅一『素白随筆』(2012年12月25日)

sohakuzuihitsu1963

21. 1978年のブライアン・イーノ&ピーター・シュミット『オブリーク・ストラテジーズ』(2012年11月2日)

Oblique Strategies1978

 

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20. 1982年のロバート・ワイアット『シップビルディング』(2012年10月30日)

Wyatt_Shipbuilding1982

19. 2000年のピーター・ブレグヴァド『リヴァイアサンの書』(2012年10月29日)

Blegvad_leviathan2000

18. 1910年のジェームズ・マードック『日本史・第一巻』(2012年10月27日)

Murdoch_Japan1910

17. 1903年のジェームズ・マードック『日本史』(2012年10月26日)

Murdoch_Japan1903

16. 1861年のエドモンド・エヴァンス『THE ART ALBUM』(2012年10月24日)

Evans1861_Art Album

15. 1898年のカーライル『衣装哲学』(2012年10月23日)

Sartor Resartus

14. 1861年のジョン・ジャクソン『木版論』(2012年10月22日)

Jackson_Chatto_Wood Engraving

13. 1937年のフランシス・ブレット・ヤング『ある村の肖像』(2012年10月21日)

Young_Hassall_Portrait of a Village

12. 1974年の坂上弘『枇杷の季節』(2012年10月20日)

坂上弘_枇杷の季節

11. 1952年のグウェン・ラヴェラ『Period Piece』(2012年10月19日)

Raverat_Period Piece

10. 1919年の『ルパート・ブルック詩集』(2012年10月16日)

Rupert Brooke Raverat

09. 1942年の松崎明治『釣技百科』(2012年10月14日)

matuzaki_tyougyo1942

08. 1966年のキース・ロバーツ『パヴァーヌ』(2012年10月11日)

impulse1966

07. 1983年の島尾ミホ『海嘯』(2012年10月11日)

simaohiho_kaishou

06. 1933年の内田百間『百鬼園随筆』 (2012年10月11日)

hyakkienzuihitu

05. 1964年のケヴィン・エアーズ最初の詩集(2012年10月10日)

1964Ayers_Bookle

04. 1936年の「国際シュルレアリスト広報」第4号(2012年10月9日)

1936SurrearistBulletin

03. 1921年のクロード・ローヴァット・フレイザー(2012年10月8日)

The Luck of the Bean-Rows

02. 1899年と1904年の『黄金時代』(2012年9月26日)

1904年の『黄金時代』表紙

01. 1945年の『青い鳥』(2012年9月22日)

青い鳥01